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日ノ本の国、龍の国の光を観る。艮(東北)へ

2022(令和4年)八月十八日~二十六日

ええ年こいたオバちゃんな和多志、一年前に清水の舞台から飛び降りる気持ちで買った中古の軽自動車

で、今回もまた、勇気を振り絞って、一人愛息子と旅に出た。無難に小さく自分を守るセコい要塞づくりに執着する生き方だった和多志は、色々沢山勇気を振り絞って、突破しなければいけない要塞の壁がある、ある!それを実感する旅でもあった。
この美しの国、日本がどうなっていくのか?そして今の日本の光を観たくて、大阪から艮(東北)の方向へ走りに走った。

このページでは、その時々に感じたコト、後で調べてなるほどね~!と思った事、自由に書き下ろしてみたいと思います。ご興味ある方、お付き合い下さい

日程表(令和四年 西暦2022)

  1. 8/18(木)8:00大阪自宅出発→→→諏訪大社下社秋宮→諏訪大社上社本宮→→西湖 民宿さざなみ18:20 【走行距離538キロ】

  2. 8/19(金)9:00宿出発→→青木ヶ原 富岳風穴&鳴沢氷穴→→高速渋滞で埼玉県羽生市のイオンモールでランチ→→鎌先温泉 最上屋到着18:10 【走行距離352キロ】

  3. 8/20(土)9:45鎌先温泉出発→→→岩手 平泉中尊寺→→→キリストの墓→→十和田湖畔 民宿 春山荘(しゅんざんそう)18:00  【走行距離376キロ】

  4. 8/21(日)9:00十和田湖畔出発→→→大鰐温泉♨→→三内丸山遺跡→→→大間 御宿かもめ17:20到着 【走行距離260キロ】

  5. 8/22(月)6:00宿出発→→大間港7:00~~津軽海峡フェリー~~8:30函館港→→ウィンザー洞爺小休止→→ランチ白老牛カウベルにて→→→旭川公園ゲストハウス17:00  【走行距離534キロ】

  6. 8/23(火)旭川発→→青池→白金温泉♨→美瑛彩レストランにてランチ→→ぜるぶの丘→→旭川公園ゲストハウスでのんびりと

  7. 8/24(水)9:20旭川公園ゲストハウス出発→→→札幌 バーチャルサーキット→豚丼ランチ→サッポロビール園で従兄弟と会う→→定山渓♨鹿の湯 【走行距離181キロ】

  8. 8/25(木)10:00定山渓出発→→羊蹄山湧き水→→Ram's工房従兄弟のギャラリー→→積丹半島ドライブ→神威岬→→余市直販所に果物野菜なし??→→小樽散策→小樽温泉オスパ→はま寿司 築港店→新日本海フェリー小樽港23:30出港 【走行距離232キロ】

  9. 8/26(金)朝寝坊三昧、読書三昧、カフェでコーヒー、海を行く大浴場を独り占め、映画三昧、宿題三昧、ランチとディナーはレストランで  船上生活思いっきり楽しむ一日~~21:15舞鶴港着→福知山の実家

諏訪大社 下社 秋宮

諏訪大社 下社春宮をナビに入れたのだが、駐車場が分からず、ウロウロしてたら、秋宮に着いた。
アレ?
 どうしよう?順としては、春の方が先に季節は巡るが・・・。ま、いいか!秋宮に和多志は呼ばれたのね。大阪から初めての道を長距離運転して来て、ワクワクしながらも、緊張していたのだろう。そのまま何も考えず、秋宮の駐車場に車を入れた。ドア開けて降り立った外の空気は、さわやかな信州の秋の風。ありがとう!和多志をこの旅に連れて来てくれて。。。小さな黄色の中古軽自動車が愛おしい(笑)。喜んでついて来てくれてありがとう。息子も愛おしい。私には息子がいる。私はなんて幸せ者なんだろう!この自由に、感謝に、幸せに、心がいっぱいになる。

さて、なんで諏訪大社なの?
なんか、どうしても行ってみたかった神社であり、コロナ騒ぎから、世の中の色々な嘘が分かりはじめた頃、日本の真実の歴史をむさぼり探してゆく過程で多くの人が〝諏訪大社〟を言及。実際に行く機会があれば行ってみたいとずっと考えていた。思いが先、現実が後にやって来る。本当に来ちゃったよ。最近、思考の現実化が早い。

本当に思った通り、願った通りに実現していく。

本当なんだ! 本当か? でも現実に諏訪大社に来ちゃった。いつもの癖で、不安に捕まることもある、よくある が、怖がりながら、エイや!と進むと何か?が開けてくる感じを体感する。

今回の旅、絶対に元取ってやる!何かを得るぞ!

と、また損得勘定で考える悪魔でエゴな私が現れる。

自然のまんま、ワクワクしながら楽しむ!と決めたのに!だ。
日本最古の神社とも云われる諏訪大社の詳細は公式神社サイトで無難な案内は調べられるが、本当の真実は隠されている。大きな秘密を隠し続けて何千年と世界の移り変わりを見てきたのだろう。このページを書き下ろしながら、さわりだけ気楽な気持ちで見れるYouTubeを探した。大きな秘密ってちんぷんかんぷんな方は是非見てみて下さい。

大きな注連縄は、出雲大社の注連縄を思い出させた。一番先に目に飛び込んできた。

息子がトイレに行きたい!ともぞもぞ、もう我慢できないレベル?! 本殿で礼拝もぜず、御朱印帳を頂ける窓口でトイレの場所を教えてもらう。和多志は、御朱印を御朱印帳に頂くことに。

無事に念願の御朱印頂き、息子がダッシュで走っていったトイレの場所に行くも、すでに息子の姿はない。男子のトイレは、は、はや!手を洗ったのか? さて、奴はどこに行った???とキョロキョロ辺りを見渡すと不思議な場所がある。こんもりと小高い丘に小さな社と鳥居と木が乱立している。入ってみると違う氣を感じる。すると息子が違う角度から駐車場方向にピョンピョン走っているのが見えた。いたいた!そのまま巨木の丘を登り切った先には諏訪湖が輝いていた。なんか?見た景色。。。アレだ!新海監督「君の名は」だ。隕石が落ちる湖は諏訪湖だったんだ。主人公の女の子はそういえば巫女だ。ギャ、ぎゃ、なんか色々シンクロニシティー。。。貪り読んだ縄文文明、Youtube小名木先生や神社チャンネル羽賀ヒカルさんの古事記、日本書紀の解説の沢山色々が頭の中で点灯したり、点と点が線になったり、すべてここ諏訪で繋がって結ばれているような氣がした。そんな氣がした。

諏訪大社下社秋宮、心の赴くままに、自然のまんまに動くとやっぱり何か?something greatに近づくような氣がする。無理や我慢はあかんのよね~。自然のまんま、そのまんまに生きよう。楽ちんに!頑張るのをやめよう。

諏訪大社 上社本宮

右手に諏訪湖を見ながら、諏訪大社上社本宮目指して南へドライブ。

いい天気。日本は、本当に日の本の国だなぁ~!と思う。光に包まれて感謝の念が湧く。

ふと、氣付く。車フロントガラスからの夏のキツイ光、昔の私は、嫌いだった。迷惑でしかないギラギラ太陽光線。でも、今は好き。幸せを感じる。心の変化は、全てを変える。私の周りを全て大好きにHappyに変えたのだ。

諏訪大社の奇祭、御柱祭。若者たちが、命がけで山から大木を下して、柱を立てるのだ。

天と地を繋ぐ柱を人間たちが立てるのだ。物質世界で生きている生身の人間が、馬鹿正直に今もこの伝統行事を続けている。そこに意味があるのだろう。目で見える世界しか信じなくなった人類へのメッセージが隠されているのかも?。愛、優しさ、正直さ、そして強さを持った人がピッカピカに魂を磨き、光を放ち、闇の世界を照らし、希望の道を示し、自ら道しるべの灯台となる。そんな人に成りたいものだ。きっと神様は、そんな光の柱になりたいと願う人間を一人でも多く見つけたいと思ってるぞぉ~!きっと。

それ!それ!私だよ。息子だよ。だから引き寄せられたんだよ。光栄なことだ。わたしゃ幸せものだ。いろんな意味で(笑)

この書下ろしの最中にネットが反応しなくなり、書くのを中断、強制終了。その間に見つけた興味深い動画のリンクを張っておきます。クリスチャンから見たユダヤ研究家から見た〝出雲大社と諏訪大社の謎

富士の山の麓で

富士山だよ。やっぱり凄いよね。大きいよね。美しいよね。

思わず、唄っちゃう。

♪頭を雲の上に出し・・・・富士は日本一の山ぁ~♪

来ちゃったよ。凄いね、嬉しいね、ありがたいね。感謝と感動と喜びが入り混じる。

ただ、その存在だけで、人間に大歓喜を起こす。すごい山だなぁ~。

自然には、かなわないよ。人間の浅はかな知恵は、完璧な地球の循環をただ壊し続けている。アホやね。すました顔してSDGsって輩、もう邪魔なんだよ。お手上げ!口も手も出すなぁ~怒!

地球の怒りが伝播、電波、📶しちゃったよ!!!ビンビンに。

あ、ガイアの女神様はそんなことでは、怒らないか。。キレない。でも元の元に戻そうと微調整や身慄いするよね。地球も意識体であると、やっと分かってきた。分かってないが飲み込めてきた。

最近、都市伝説界隈では、〝富士山大噴火〟のキーワードがよく出てる。

過去の記録によると実際富士山は合計12回の噴火があった。私達日本人は古の昔から山に神が宿ると信じてきた。富士山の神々しさは、絶対絶対、神にしか見えない!私には。

ここ最近の文明人間だけなんだよね~。自然を壊してイケシャーシャーと地球の上で生きているのは。。。

我慢に我慢を重ねて耐に耐えてくれた地球が、今だけ金だけ自分だけのアホな人間たちにキレまくる前に、今もメッセージをくれている。でも、もう限界かもしれない。この地球に必要ない有害なものは地軸が動き一掃されるかもしれない。日本神話や聖書で語られている通り、火山は噴火し、洪水が起こり、陸は海に飲み込まれる。そうなったら人間は、万歳だよ。お手上げだよ。「最後の審判」は始まっている。

そして有害なモノがキレイさっぱり流され、浄められたら、ゼロから始めよう!

今度こそ、光輝く、美しいキラキラの笑顔いっぱいの世界を!

リーダーなんか要らない。国境線も要らない。今の教育も医療も政治も金も全部要らない!

ただ、要るのは、光輝く、美しいキラキラの笑顔いっぱい生あるモノたち全て!

天国をこの地上に作っちゃえ~!

その為に、私は今生で働きたいなぁ~と、考えた次第です。

どんな天変地異が起きようとも、死ぬつもり無しの和多志です。勇んで楽しんで精一杯働くよ~!Yeah!

神様 私を使って下さい。こき使って下さい。働き者ですよ(笑)

鎌先温泉 昭和のまんま

高速道路降りて、田舎道を走る。畑、田んぼの間を抜け、山道になる。この先に温泉は本当にあるのだろうか???と不安になりかけた頃、山の中腹に鎌先温泉が現れた。

まず、何故?関西人が誰も知らない「鎌先温泉」に泊まろうと決めたのか?

カタログギフトに宿&旅行商品があり、今回の旅行のルート上にあったから。カタログギフトは、親戚の四十九日のお供料のお返しに頂いたもので、とてもとてもタイムリーに母が「自由に欲しいものあんたが貰ったらいいで!」と分厚いアルバムのようなカタログギフトの本を渡してくれた。感謝、感謝。ありがたく使わせていただきました。

なんか、とってもとっても不思議でね。この旅に行っておいで!って、私の家族や友達は、勿論のこと、わたしのことを可愛がってくれた親戚の伯父さん、叔母さん、ご先祖様、沢山の御魂が、背中を押してくれたし、暖かく見守ってくれていることを感じたの。。。私には、沢山の御魂が応援してくれていることを感じるの。

その応援に答えなきゃ!ね。すっごい大応援団のような氣がする(笑)だって、何もかもスムーズなの。お膳立て誰かしてくれている??? うん、大応援団がお膳立てしてくれたんだ!と本気で思っているの。
本当に、感謝して、私に出来ることを精一杯しなきゃいけないと思う。そんな思いが自然と湧いてくる。

温泉じゃないけど、そんな思いが自然と感謝と共に湧いてくるの。フツフツと。

鎌先温泉、いいお湯だったよ。鉄分が多い茶色のお湯だった。古い歴史ある宿に泊まれて、美味しい郷土料理をいただける。こうして大好きな息子と大好きな旅が出来ることに感謝しかない。私は世界一の幸せ者だ。本気でそう思う。全てに感謝。

そして、もう一つ、私の御魂大応援団が応援してくれていると感じる出来事があった。

鎌先温泉から中尊寺に向かう高速道路上に[369km]の表示を見る。東京からの距離が表示されてる。心の中で「お、ミロクだ!」

そしてふと、車のメーターを見ると、、、え〜〜〜66666!!?!

このシンクロニシティーって凄くない?!

ダブル弥勒!

大宇宙に応援されてるシグナルだ。こうして楽しい、嬉しい、幸せな方に行動すればいいのね。

この方向で良いのね。と確認し、確信する。

すぐに不安になる私に、大丈夫だよ〜って教えてくれているようで

車のハンドルを持ちながら、感謝の念が溢れてくる。丁寧にわかりやすく、大丈夫だよ。OKだよ。と。

ただの偶然、たまたまだよ〜という事に、今、大喜び出来る自分がいる。全てを良いように解釈できるご機嫌な私が、今、ここに居る。誰にどう思われようと、最上に幸せな世界に居る!と私が思ってるんだから、そうなんだよ〜。そう言えば、鎌先温泉の宿は 「最上屋」。名前の通り、私にとっては最上の宿でした。有難い。

そして、和多志にとって、最上に有難い存在は、母だ。カタログギフトをくれたからじゃない。勿論それもだけど、この旅に快く行かせてくれた。恐ろしく心配性の母、学校から帰って来る時間が少し遅いと、同級生の家に電話しまくる。一人暮らし始めた時も安否確認の電話して来る。海外添乗員になっても帰国したら必ず電話しないと、心配する。何をするにも、応援してくれるけど、恐ろしく心配もしてくれる。そんな母に「いてもたっても居られないような心配をかけない生活をする」と決めて結婚し、無茶なことせず、無難に守りを固めるような生き方を20年間した。すべて無難に収まるように。。。。あかんかった。私の心は、曇り、辛さ、怒り、我慢、でいっぱいになって、無難に守り固める生き方と結婚生活を手放した。母は、それも応援してくれた。私も母親になって、我が子の一挙手一投足に一喜一憂する。そして出来るだけ、自分が安心したいがために我が子の自由な行動を制限しようとする。それが普通の母親だ。でも私の母は違う。感謝しかない。まるで弥勒菩薩だよ〜。だから、私は自由に生きられる。

姉曰く、この旅行中の母は、ず〜〜と心配しっぱなしだった!と。

お母ちゃん、ごめんね。そしてありがとう。

岩手 平泉 中尊寺

添乗員時代、何度か訪れた平泉の国宝金色堂、今は世界遺産だ。国連という国際機関(ユネスコ)に認められて、昇格したような感じだけど、正直、私にとっては、今も昔も「ふ〜ん・・・・」な感じの有名観光地。

昔から私は、そうだった。何がそうだったのか? そうそう、昔から有名観光地にある過去の偉人、お金持ち、権力者が造ったと言われるモノに心動かされること、無かったなぁ〜。特に成金的に「どうだ!我ら一族はすごいだろう!下々の者よ、我らのために労を惜しむな」みたいなものが見える、圧を感じるものは、「ふ〜ん・・・」ってな感じ。そんな低い重い気漂う過去のシロモノに大層な能書きの厚化粧で、有名観光地に仕立て上げ、金集め、人集めしているようで、興醒めしてしまう。コロナ騒ぎをキッカケに、世の中のおかしさが見えてきただけに、余計に感じる。

長年、旅行業界で働き、日本中、世界中の有名観光地にお客様を案内し、ガイドブックに書いてある通りの上辺だけの説明をし、ただただ、事故なく予定通りに旅程を完了し、次の旅行に誘導する。その為の技術を身に着ける。そんな世界で生きてきた。他の日本人より、広い世界、広い視野を持っていると天狗になっていた。いやいや、全然、全く、この世の真実が見えていなかった。時の権力者によって捏造された歴史、欺瞞だらけの社会システム、常識を疑うことなく信じて、不満を感じながらも自立した個の自分と思い込み、奴隷になっていた。自分で歴史を調べることもせず、教科書通りの嘘の観光案内で、多くのお客様に嘘歴史の上塗りを丁寧にした訳で。。。無知は罪だわ〜。コロナ騒ぎがなかったら、自分の頭で考えず、真実に気付かない奴隷根性の母親が、愛する息子をダメにするところだった。コロナ騒ぎで職を失ったけど、真実に気づくことが出来た。危ないところだった。全てに感謝だね。「観光」とは、”光を観る”と書く。希望の光、真実の光を観て、初めて心動く感動が「観光」ではないか???本当に血の通った歴史、その裏で生きた人々の息づかい、今、その土地で営みを紡ぎ、笑い、祭り、その土地ならではの文化を感じ、観て、感動するのが、「観光」じゃないだろうか???

光は、観る人によって違う。何に光を見出すかは、人それぞれだ。

場所も、時期も、観るモノも、それぞれ違う。感動は人それぞれ、違うのだ。いつ?どこで?誰が?何を?どう感じるか?感動するか?は本当にそれぞれ違う。同じものを観るにしても、人によって違う、同じ人でも時期によって感じ方は違う。貴方は、お能に心惹かれますか?⬇︎(動画)
私は、平泉名物わんこ蕎麦かな?いいや、それ以上に可愛い白い花咲くソバ畑に惹かれる〜、癒される〜。

みんな違うが自然。みんな同じが不自然。不自然なことを無理して、自分の心に蓋をして我慢して、周りと同調努力をず〜っとしてきた私たち。もうそろそろ、周りに合わせること辞めよう。いち抜けた!

あなたの光を観よう。

遥か太古、自然と共に縄文文明

八月の青森は、本当に森が青い。キレイな青なの。

全てが、澄んでいる。きっと心も清々しく澄みきっている人が多いんだろうなぁ〜。車で高速道路走っていても、周りの自然が青く美しい。青森、名前のまんまの県があったぞ〜!名は体を顕す。

人もそう。そのまんま、厚化粧せず、誤魔化さず、繕わず、潔く、正直にありのまんま、自然のまんまに生きる人は、美しい。見た目じゃない。感じるの。

十和田湖も森も、長く降り続いた豪雨で傷ついた大地も、洗われて、浄化されて、際立って青く美しい。強いし、美しい。東北の人たちは、縄文の昔から、そのまんま、厚化粧せず、誤魔化さず、繕わず、潔く、正直にありのまんま、自然のまんまに生きる人たちだったのだろう。そう考えると関西人はチャラいなぁ〜。着飾って、自然から切り離された都会で生きる人間は、大地に繋がってないから、流行に流され、常識と言われるものに支配され、権威あるものを信じ、長いものに巻かれ、自分を信じない根無し草のチャラいチャラ男とチャラ女。ヤマト王権の時代から、権力の近くで生き延びるには、口八丁手八丁の世渡り上手&八方美人でなければ、生き残れない。ずる賢く生きたから、上手く繕ったから、ある程度の高みに登れた。でも、これからの時代は、もう誤魔化しきれない。厚化粧はキレイに剥がれ、綻びは大きくなり繕いきれない。もう、そのまんまで生きようよ。しんどいだけだよ。何を大切に握りしめているの?何を隠したいの?

青い森を走りながら、隠すものも、握りしめるものもない、清々しい自由が私にはある!と幸せ実感。

無い けど 有る! 有る を実感。 わかる??? もう、ど〜でもええの!ええ会社、ええ大学、人の目、有る程度のステータス、ど〜でもええことやん。しかし、しがみついてたなぁ〜、ど〜でもええことに。

権力と経済力、支配力、力を欲しがるようになったのは、いつ頃だったのだろうか?神代の神様も、初代と言われる神武天皇も、上に立ちたくて、戦いをしている。誰よりも力が有ることを誇示したくて、日本書紀も古事記も時の権力者によってきっと改竄されている。そんなど〜でもええことにしがみついていない清々しい青い森に住む日本人は、いつ頃消えてしまったのか?
三内丸山遺跡に来ちゃったよ。来たかったんだ。一万二千年もの間、みんな仲良く争わずに暮らした世界を感じたかったんだ。それぞれ自分の好きなように自分の人生をクリエイトした時代の跡を見たかったんだ。「そのまんまでOK」が当たり前の世界。小さなコミュニティーで助け合い、分け合い、知恵出し合い、喜び、笑い、得意なことで役に立ちたいと働く、調和の世界が一万二千年もこの日本で続いた!って凄くないですか?日本の子供たちにこの誇るべき縄文の文明を学校で教えない!っておかしくないですか???
きっと、きっと私の考察では、初代神武天皇の時代には、すでに「ど〜でもいい力」に人々はしがみつき始めたのだと思う。天照大神やスサノウノミコトの時代にもその兆候は色濃くあった。

二千年前のキリストが生きた時代は、すっかりどっぷり、支配と抑圧の時代に入っていたわけで。。。更に数千年遡ったエジプト文明でも、酷い虐殺と抑圧で民を支配していた神と名乗るものがいた訳で、戦いと虐殺のレリーフだらけ。大昔にこんなモノ作ったのは、すごいっちゃあ、すごいけど「なんだかなぁ〜」ってげっそりした思い出がエジプト添乗にはあった。暑さと早朝の移動とお客様の体調不良で、毎度ハードなエジプト添乗でげっそり疲れ果てる、と思い込んでいたけど、今、こうして振り返って考えると、あの場で行われた虐殺と抑圧の歴史が、重い波動が、私のげっそり度合いを更に強くしたんだなぁ〜!と。

それに比べて、ここ、青森の三内丸山遺跡は、爽やかな風が吹きわたり、思いっきり深呼吸をしたくなる気持ちの良い場所。5900~4200年前の集落だよ。平和で争いのないみんな笑って働いている世界がここにあった。エジプト文明と同じかそれより古い時代に。これほどの調和と平和の民がなぜに弱肉強食の獣のような世界に飲み込まれていったのか???  もう十分。ど〜でもいい力がどれほどしょうもないものかみんな分かれば、しがみつくのがアホらしくなるはず。簡単なことなのに。みんながその本質を理解すればOK。それは経験からしか理解できないかもしれない。苦痛を伴う経験からしか。。。キリストの十字架によって、人々はその苦痛を伴う経験を人任せにしてしまった。経験をする決意を自分の外部に委ねてしまった。「求めよ!さらば与えられん」この言葉、深いよ〜。半世紀以上生きて分かったような氣が。。。

ここ青森に在る「キリストの墓」が本物なのか???は、わからない。写真の通り、現地に行って見たけど、分からない。二千年前にタイムスリップして確かめたいけどね。正直な青森人がこんな大嘘をつくはずない??いやいや、観光名所にしたかった?

しかし、そもそも、コレ、キリスト教という宗教も後の支配者によって私たちに学校で与えられた歴史知識であり、薄っぺらいオブラートであり、求めれば、薄っぺらいオブラートは破れて、嘘と悪意が表に現れる。求めないと本質は見えてこない。「求めよ!さらば与えられん」だ!!!

​馬小屋で生まれたユダヤの青年イエスは、混沌としたカオスな世界から必死のパッチで逃れて、日の本の国青森で弟イスキリと嫁と可愛い子供達と幸せに暮らし、幸せな人生を終えました、とさ(笑)。

そうそう、行き当たりばったり、その時の気分で心赴く方へ。するとやっぱり導かれるんよね〜。

十和田湖から弘前に向かう途中で、息子が温泉に入りたい!と言ってきた。”木村秋則さんのリンゴが欲しい〜、木村さんに会いたい〜”と心密かに私は、思っていた。この日、十和田湖から本州最北端大間までのドライブで”弘前と三内丸山遺跡は外せない〜”と私の強い執着。温泉に立ち寄ったら、大間に着くのが遅くなる。息子は執着しない性格だ。あっさり手放す。だから、人と揉めず、ケンカにならない。学校でも家でも良い関係を誰とでも作れる。あっさりな風通しの良い人間関係。母としては、息子のあっさり具合に、全てが”ど〜でもいい”と感じているのではないか??と不安になる。それとも私が半世紀以上生きて、コロナ騒ぎやら離婚やら失業やらを経験してやっと辿り着いた「も〜!ど〜でもええやん!そんなこと」の境地に息子は既に至っているのか??? あははは〜、出会えるか出会えないか?分からない木村さんのリンゴに執着して弘前に行くのを潔く諦めよ!りんごはどこでも買える!! ahaha〜、ど〜でもええことにしがみついてた(笑)。
OK!温泉に行こう!走っている場所からだと大鰐温泉が道すがら良い良い!息子に大鰐温泉のどこの温泉施設が良いか調べさせてnavigateをお願いする。

さすが、今時の中学生、早い。トイレも早いがスマホの取り扱いも早い。りんご畑の田舎道を走る。美しい。途中、リンゴにかける農薬が車のフロントガラスにビッチョリ散布される。かなりの農薬をリンゴに振りかけていることを体感。木村さんのリンゴが「奇跡のリンゴ」と言われるのを実感した。日本には無農薬りんごは本当に無いんだなぁ〜。弘前に行かなくても、農薬散布中の林檎畑の横を通ったことで、木村さんの「奇跡の林檎」に書かれている現実を体感、実感。どの大人も、テレビでも、医者さえも「りんごは医者いらず」体に良い果物と言われ、信じられているけど、けど、実はこれもグローバル企業とその取り巻きによるプロパガンダだったのかもしれない。。。あんなにビッチョリ農薬かけまくったリンゴを皮ごと食べて体に良い!と堂々と嘘をみんな言ってきたわけだ。

そして到着した大鰐温泉 鰐come。良いお湯だったよ。ランチも食べて、農作物の直販所では、大鰐町産の林檎を一袋買ってみた。農薬ビッチョリ散布がフラッシュバックしたが、一応買ってみた。

さあ、明日は、北海道に渡るよ!

このリンゴを買った日から3日後、札幌に住んでいる従兄弟に会うことになった。手土産が無い?→あ、リンゴがある!→食べてみたかったけど、手土産にリンゴしかない!→りんごはどこでも買える!ということで、従兄弟夫妻に会うのに大鰐町産のリンゴを手土産にすることにした。ご自宅にお邪魔して色々おしゃべり、いとこの奥さんは、確か東北出身だった。

「Fujikoさん、出身は東北のどこでしたっけ?」

「誰も知らんと思うわ!青森の大鰐温泉」

「え〜〜〜!?、大鰐温泉行ったよ。このリンゴ、そこで買ったよ〜」

いや〜〜〜、色々導かれているわ〜〜(^_^;)

ただ、このコラムを書きながら、Fujikoさん、、大鰐出身だから知ってるよね。農薬まみれのリンゴは皮むいて食べること。後ろめたさを感じて、知っていることを祈った訳で。

果物好きの息子も小さな時からりんごはいつも皮ごと丸かじりだった。あ〜、無知とは罪だ。

一人の大人として、母として、まずは反省〜。そして、知って、見極める力を養わねばと心強く思った。

日ノ本の国を守る結界、海、山、湖

日本は美しい。神々しい。
歳のせいか?苦しい経験を経てきたからか?

涙が出るほど、この美しい日本に生まれて、今この日本で生きていることに感謝の念が溢れてくるの。

ありがたい、ありがたいってお日様に拝みたくなるの。私の大好きなおばあちゃん きぬおばあちゃんが、よく太陽に手を合わせてたなぁ〜。おんなじ事してる(笑)
このウェブ上の何処かに書いたかもしれないけど、私の個人事業の屋号「Kinu & Kukai」由来、由来って大袈裟だけど。なんか「これでしょ!コレしかないでしょ!」って降りてきた(笑)。

空海が入滅した3月21日に生まれて、3月21日に94年の生涯を閉じたきぬおばあちゃんの名前を使わせてもらいました。本当に穏やかで静かで強くて優しいおばあちゃんで、菩薩でした。弥勒菩薩。凄くないですか?誕生日と没日が同じって。絶対おばあちゃんは弥勒菩薩に間違いない。
本州の北の果て、大間まで、去年までペーパードライバーだった私が軽自動車で走ってきた。大阪から艮の方向へ。果てまで来たよ。大間岬から太平洋に沈む日没。。。穏やかな心で充足感で満たされた。本当にありがたい。心のままに行動できる自由を私は持っている。今、この時、私の人生の中で最高に幸せだと、心から思う。
きぬおばあちゃんのように、毎日、毎時、感謝に生きる!そして穏やかな心で充足感に満たされながら死にたいなぁ〜。。。でも100歳は生きるよ!この世の中が弥勒の世になるのを見届けてからあちらに行くと私決めてます!今年(2022)7月に広島で出会った「幸あれ」さんの「人生最後の日♫」が心に響きます。

1526km 走ったなぁ〜。まだまだ楽しみながら走るよ。

んな私の人生に幸あれ!!もう在る在る 既に幸ここに在る。

いっちゃんいっぱいココにある(関西弁)=一番沢山ココにある。
そうそう、”一番”で思い出した。唐突だけど、私の父の名前は、「幸一」。幸せ一番だ。普通の日常に最高の幸せを見出した人だと思う。お盆やお正月に帰省した子供や孫と一緒の食事の際にはいつもいつも「みんな帰ってきてくれて嬉しいでよ〜」を連発し、くしゃくしゃな笑顔で目をウルウルさせていた。「山は気持ちええでよ〜」と生まれ育った小さな里が父は世界で一番美しいと本気で思っていた節がある! 父は、どこへも行きたがらなかった。旅行に行っても、帰ってきたら心底安堵して「やっぱりここがええでよ〜」と。山好きの父を添乗員時代の私は、スイスかニュージーランドに連れて行きたいと考えていたが。。。「そんなとこ要らんでよ〜、お母ちゃんだけ連れていっちゃれよ。わしはここで漬けもん食べておる方がええでよ〜」。

本気でスイスより、ニュージーランドより 丹波片田舎で漬けもん食べて過ごしている方が幸せなんだ!!!!

一番身近なところで、一番小さな事で、一番幸せを感じられる人だったんだ!「青森」に続き、名は体を表す!

こうして書き下ろしながら、我が父、幸一 すごい!と改めて思う。

世界中の人がみんな、父みたいだったら、無意味な競争や他を貶め奪い合う戦争は瞬時になくなる。瞬間消滅だ。ヒエラルキーの上へ上へと他人を蹴落とし登ろうと争う世界は、終わらせよう。

そのためには、日本人がまずは、日、月、地球、星、生きとし生きる森羅万象全てに「美しいなぁ〜」、「ありがたいなぁ〜」と感謝の念を手向ける心を取り戻そう。鳥のさえずり、虫の音、川のせせらぎの音、自然の音の美しさを感じられる民族は一番が我ら日本人。自然のまんま、そのまんまを最高のご褒美として感謝して受け取る。そしたら、すぐに今すぐに幸せになれる。こんな簡単な事だったんだよ。

戦後、いや明治維新後か?日本人は、何を求めて走ってきたんだろう。急いで誰よりも早く、高くと目指していたところは、そんなに良いところ?心地よい場所なの?

2022.11.22現在の日本、色々、不安な事、将来はどうなるんだろうと憂うだろうが、日ノ本の国ほど強く美しい国はないよ。大丈夫。コロナなんて日本人にとってはただの風邪だったし、GDPの伸びが先進国で最低であろうが、全然私らには関係ないし、失業したって何かしら仕事はある。ミサイル飛んでくることもない。お金がなくても死にはしない。一番身近なところで、一番小さな事で、一番幸せを感じられる人「幸一」になろう!すると怖いもの無し!だよ〜🎶 注意しなきゃいけないことは、自分の外(政府、会社、伴侶、親、子供、国連、テレビ、新聞、ネット情報など)に頼らないこと、依存しないこと、期待し自分の人生を委ねてしまわないこと。

世界中の人が黒魔術にかけられている。日本はこの黒魔術にかけられている歴史が一番浅い。明治維新からだ。だから日本人は、黒魔術から目覚められるの!

今、今だよ!我が国の美しい山を見て。紅葉が真っ赤に色付いてるよ。空を見て。雲に慈しみ感じるよ。星空に魅入ってしまうね。お日様の光に包まれると心緩むね。今、生きてるからこそ感じられる幸せを味わいきって。

目指す場所は、もう到達している今、心、ここなんだよ!

北海道 北の海の道の真ん中で思う

昨日(2022.11.25)、新海誠監督の「雲のむこう 約束の場所」をPrime Videoで見た。

旅を終えてから、丁度3ヶ月。今の社会情勢から、このアニメ作品のように日本が分断されることは、あり得ると感じている。財界、政界、学界、言論界、あらゆる分野のトップたちは、日本と日本の民を守ることは愚か、使い捨て、切り売りしているようにしか思えない。きっと、そうなんだろう。

ネタバレしない程度に、紹介すると、時代背景としては、少し先の未来の青森、津軽半島か下北半島が舞台。戦争後、青森と北海道の間に国境線ができた。そして日本で無くなった北海道のど真ん中にすごい塔が出来上がっている。少年2人と少女ひとりが主人公、少年二人で飛行機を作って、その飛行機に少女を乗せて、あの塔に行く約束をする。しかし、少年少女のワクワクする思い付きの約束は、それぞれ別々の生活の中で、かき消されてゆく。今の日本人もワクワクする思い付きに蓋をし、思考停止に陥っている。眠っている。社会に身を委ねて流されている。どこに行くのかも分からずに。3年後?少年の一人がワクワクする思い付きの約束を行動に移し始める。もう一人の少年も、そして少女が目覚めることで、世界は変わる。大きな何かを失う恐怖を乗り越えて、変わる勇気を振り絞り、前へワクワクの方へ。本当にそうだと思う。思考が先、現実が後にやってくる。

時代背景は暗い設定ではあるが、ワクワクの思考さえあれば、その思考のまま、行動すれば、ワクワクの現実がやってくる。そんな事を示唆した作品でした。新海誠監督って、分かってるね。宇宙の大法則が。

すごい塔が立っている北海道のど真ん中は、きっと旭川。2泊可愛い木の家に泊まって、焚き火を眺めてほっこりした。旭川の空は本当に広い。大きい。

もしも、ロシアが攻めてきたら、日本でなくなるかもしれない北海道。今の世界情勢を見ていると在りえるかもしれないと考える。どんな時代が来ようとも、みんなが笑顔で生きられる世の中に、今の大人がしなきゃいけないと、強く思うし、こんな時代に生まれたのは、やるべきミッションがあるのだろう!

軽自動車ではるばる旭川まで、ワクワクの心のママにやってきた。今生のやるべきミッションはワクワクの中にあるのだろう。
 

羊蹄山、神威岬、海、空、大地が神懸かり的に美しい

日の本の国、地図で見ると本当に龍の形をしている。海に守られている。そして一番最初に日の光を受ける国。全てが美しくないかい?いやぁ〜、美しいし、厳しいし、優しいし、恐いし、神々しいし、有難い。

この旅の最終日は、定山渓温泉を出発し、ニセコ羊蹄山のお水を汲み、従兄弟の澤田正文ちゃんの工房に立ち寄り、積丹半島ぐるりとドライブして、小樽散策して小樽港から新日本海フェリー乗船。海も山も大地もみんなみんなキラキラ日の光に輝いて美しい日でした。最初、旅を決めた段階でも、本当に行けるのだろうか?の恐れや、金銭的に行っちゃったらその後の生活大丈夫かな?の心配や、厳しい言葉に怯んだり、怖かったのね。正直。でも、思い切って行って、私は守られている!大丈夫!日の光を浴びたこの国と同じように、私も日の光を受けて、海に守られている!!!と強く感じたの。私の父 幸一は、”太平洋のように大きな心を持って欲しい”と私を「洋子」と名付けてくれました。まだまだ、ビビリでおっちょこちょいで太平洋とまではいかないけど、そう在りたいと思うし、守られて生きていることを実感し、感謝の念が溢れてくる。涙まで溢れてくる。有難うしかない。この文章を書き進めている今は、既に年越して2023.1.3です。行って良かった。実家にてストーブに当たりながら、しみじみ思う。恐々、色んな初めてのことに挑戦した一年だった。でも、失敗しても、成功しても、やって良かった。行って良かった。行動して良かった。辞めてよかった。落ちて良かった。なんとかなる!大丈夫!私は守られている!感謝!
今年令和5年(2023)も、私に出来る精一杯をして、みんなのキラキラ笑顔の為に何が出来るのか?挑戦してみよう。ビビリの私はすぐに守りに入ろうとするけど、その気持ちをエイャ〜!って手放して、昔の私も手放して、真っ新な赤子の気持ちで、新しいワクワクに向かって笑って楽しむぞ〜。

山も海も空も大地も自然、森羅万象全て、 一時として同じ状態は無い。いつも変わり続けている。変わる事を恐れて居ては、何も始まらない。過去は生ごみ、手放して終わらせよう。ワクワクする未来を創造するために。手放して、変わって行こう。
うれしうれし、たのしたのし、かわるかわる、ありがたいありがたい!

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