これにて申すは、苦の花咲かせ、みな改心いたさす運びにて、世の立て替えとなるのじゃぞ。ゆえに、この方にまつろうて下されよ。皆々可愛い可愛い御魂なれど、わからぬと気の毒でるから、神くどう申さしておるのじゃぞ。幾らでも臣民人民そなたらの仕事あるゆえ、早うこの方祀ろうて下されよ。一人一人分かりやすく事分けて申すから、人民頭で考えて下さるなよ。皆々この方にまつろうて、うれしうれしとなりて下されよ。
これからのこと人民心では分からぬから申さすのじゃぞ。みな神々様でも分からぬ仕組み、ここより他に神示出ぬから申さすのじゃ。これ改心いたせば何とうれしい仕組みでありたかと、みな大き器となりて思うなれど、今の人民ほとんど神の宝も入らぬから、もう少し大き器持ちておざれよ。神くどう申さすぞ。どうにもならん助けてくれと申しても、助けられんこと出来るから申すのぞ。ここまで人民に分かりやすくくどう申す神心、分かりて下されよ。人民みな改心いたさなならんのであるぞ。何もかもみな改心いたさねばならぬのであるぞ。
どうしてもここより他に出んのであるから、そのこと分かる人民少ないなれど、我が見えなくいたしておるなれど、我みな早う無くして大き我となりて下されよ。無くせば大きくなる仕組み、分かりたか。我が我がの人民ばかりじゃ。それではみな靈憑りとなりて、あっちへうろうろそっちへうろうろ、どこへ行っても何も分からん。魔物に使われることとなるから、真意(まこと)摑んで下されよ。
因縁の御魂みな、この方ここに引き寄せてあるのじゃぞ。まだ分からんか。この方、この者遣うて皆に知らしておるのじゃぞ。みな鼻高となりておりて、分からん人民なお分からぬようになってゆくから、迷うから迷わぬようここに光当てておるのじゃ。疑うには疑う心、そなたにあるなれど、何ゆえ疑うか分かるか。そなたはこれまでワヤにされ続け、真を見つけられず苦しんでおりたがゆえ、己に鍵をかけているがゆえ、この方の言葉も聞けぬようになりておるのじゃぞ。安心してこの方祀りて下されよ。何も心配せずこの方みな救うてやるから、我捨ててこの方に抱かれて下されよ。皆この方が、かみ付けて守護神殿に申して導きくださるよういたさすから、その日時(とき)から良くなってゆくのじゃから申しておるのじゃぞ。ここまで申して嘘であるということ無いのじゃぞ。
この方皆々改心さすまで歌唄うぞ。うれしうれしの歌唄うぞ。
あーやーわーやーわーぁ。どうじゃ分かりたか。
うれしうれしで峠越さすとは、うれしうれしと歌唄うことでもあるのじゃ。この道始め苦しいなれど、後になるほどうれしうれしと、何としたことかと、ビックリするほどに神の仕組みに笑い泣くのじゃから、早うこの方にまつろうて下されよ。
これ「す」の巻。皆うれしうれしの歌、唄う仕組みじゃ。
うーるーうーるーぅーーーーー。
2006年6月26日 天の日月の神 唄う。
Comments