今の神主が、祓い祝詞をあげても何にもならん。
祓い祝詞は、宣るのだぞ。
今の神主は、宣っておらん。
口先ばかりじゃ。
祝詞も抜けておる。
あはなち、しきまき、国つ罪を、みな 抜かして読んでおるではないか。
祝詞の内容が、心に汚く映り、嫌な氣持ちになる人間が多いからであろう。
自身の中にあるゴモクが刺激されて、嫌な氣になるのじゃ。
偏見があるからぞ。
斜めから見ているからぞ。
悪や学にだまされて、肝心の祝詞まで骨抜きにしておる。
悪を悪と分からず、悪にまみれやすい学を信じておる。
悪とは、大切な祝詞を手前勝手な解釈をして除いてしまったことじゃ。
形式だけの神主、
そろばん勘定をする神主、
鼻高な神主、
上を恐れる神主、
その者たちの祝詞には力がない。
それでは世界は清まらん。
祝詞は読むものではない。
神前で読めば、それで良いと思ってはならん。
宣るのだぞ。
祈るのだぞ。
成り切るのだぞ。
融け切るのだぞ。
神主ばかりではない。
みな 心得ておけよ。
神のことは神主に、仏は坊主にと分けて考えておることが、根本の大間違い。
みなも氣持ちをひとつにして、
溶け切るのだぞ。祈るのだぞ。
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