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  • 執筆者の写真洋子

Ubuya 産屋 うぶや

産屋とは???

日本に残されている産屋は、六箇所ほどあるようだが、大原の産屋以外は、全て高床式のモノ。

私のふるさと大原(おおばら)の川合川のほとりに建つ産屋は、竪穴式。縄文式産屋だ。

茅葺き屋根が地面から生えている。なぜ「屋根」は、家の一番上にあるものなのに、地面の下にある根っこの「根」という字(言葉)を使うのか?この質問、私が主催する大原分校のキャンプイベントに参加してくれた小学生から(^◇^;)。なんで??? 答→「昔の縄文時代の家は、屋根が土から生えてたから」。なるほど!!!

昔の人(縄文時代)は、草も、木も、動物も、人も、家も、しっかり大地に根を張り、命を産んでくれた土と繋がって、感謝して生きていた。

「根」とは、見えないけれど、私たち生きとし生けるモノの「根源」。パワー、力、氣の源なのだ。それを蔑(ないがし)ろにして、人間たちは生き始めた。尊いもの、穢れしもの、優生思考、選民思想、が日本書紀や古事記にはすでに現れている。神代の時代の神様もしょっ中喧嘩しているし、神武天皇も冷静に見れば、侵略者な訳で、二千六百年前には、勝ったもん勝ちの世の中になってしまっている。

女性、出産、土を穢れしものとして勝ったもん勝ちの強い男性優位の世が成立した頃から、高貴な人の住まう場所は、高床式になったのだろうと推測する。私の勝手な考察ですが。。

 人は土から生まれて土に帰ってゆく。。。

魂は、この世に「オギャ~」と産声を上げるのが始まりで、息を引き取るのが死で全ての終わりと信じ込んできた。全ての終わりの「死」は、忌み嫌われてきた。

自然のなかに身を置くと魂は生き続けるのかも?と感じる。昔の人は、土の上で生まれ、大自然の中で感謝をしながら生きた。人は自然の一部という考えの昔の人の営みを、今、思い出す時かも知れません。そこから叡智が人に流れてくるのかもしれません。

病院で生まれて病院で死ぬのは不自然かも???いや、絶対に不自然だ!

この現代と言われる科学の時代、人間は不自然なモノを生み出し、それが科学の進歩で良いことだ!と洗脳されてきた。現代の人間は不自然なモノの中で生まれ、不自然なモノの中で生き、不自然な中で死んでゆく。幸せな光輝く生を科学、合理性、利便性、学で求めるには限界がきた。元の元の元に戻ろう。

 縄文の昔から産屋では、母の子宮から生まれ堕ちた赤子を藁で編んだ筵(むしろ)を何枚も重ねたお布団にそっと大切に寝かせたそうです。母からの根っこ(臍の緒)切られた赤子も母なる大地にねかせられ、安心しただろうなぁ〜!!なぜそう思うのかというと、農家の娘であった私は、稲木干しが終わり脱穀した藁の上に寝っ転がって空を見上げる、そのなんとも言えない安心感と幸福感を体感しているからなのです。藁の香り、秋の風、土の匂い、最高でした。「アルプスの少女ハイジ」の干し草のベットの気持ち良さも分かります。「堕」「堕胎」、「堕ちる」とネガティブなイメージを連想してしまいますが、「こざとへん」は、「丘」「膨らんだところ」「豊か」「盛ん」「肥える」など豊穣な意味合いが「有」ります。そしてどっしり安定感「土」。子宮は子の宮。母なる地球は生きとし生けるもの草木虫けら人すべての宮です。神事は、宮の上で生きる生活そのものだと思います。人も母なる地球に根を張って、感じて感謝して生きる。すると争いの無い喜びに満ち溢れた地球になるでしょう。神社の神事や祭は、人がこの地球上で幸せに生きるための在り方を示していると思われます。土や地べた、出産を穢れとした意識変化が起こった時代から、人は争うようになったのかもしれません。人の住まいは、土から離れた高床式になり、今は、タワーマンションです。どこまでこの素晴らしい宮から離れて根無し草の天狗になって生きるの?心は安心安定しない「不安」では、ないですか?人のお腹の腸内フローラ細菌とその人が住む土地の土中の菌の数と種類は、同じだそうです。本当かどうかは分かりませんが、ストンと腹に堕ちて納得した次第です。

本当かも?

だって両方とも「宮」ですもの。

大原の竪穴式縄文産屋で出産経験者は、あまりにも居心地が良くて家に帰りたくなかった!と異口同音に言ったそうです。ず〜っと籠りたくなる場所だったようです。母の子宮のような場所だったんですね。きっと。「籠る」もネガティブなイメージに捉えられますが、しっかり「籠る」が出来た人は、安定した心持ちになれるような氣もします。子供がお腹に出来たことを私たち日本人は「身籠る」と言いますよね。自然の理なのかもしれません。



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